ミューズの森(甲田弘志作曲)

 

ようこそ「ミューズの森」解説
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     −2 「ミューズの森」の作曲意図
                      
甲田弘志

題名の由来等
 1 「森は生きている」(富山和子著)(講談社刊)に感銘を受け、マンドリ
  ンオーケストラの表現力を高めることを目的として作曲しました。ひらが
        なを多く用いながら説得力のある分かりやすい文章にも、多くのヒントを
        いただきました。
 2 もちろん「ミューズの森」は、描写 音楽ではありません。
  
曲の構成等
 1 構成の上では、ソナタ形式を基本としています。
 2 現代的な響きを持つ「線」による全音音階の第1主題、それとはまったく
  対照的に、調性を持ち転調をくり返す「点」による古典的な第2主題、及び
  経過部等が、あたかも森がさまざまななはたらきと多様な姿を持ち自然界や
  人々の生活にも大きな影響を与え続けているように、それらが密接で有機的
  なつながりをもって影響を受け合いながら発展し、変化に富んだ多様な音楽
  の姿(=フーガ、対旋律、複雑な和声、変拍子等を持つソナタ形式)を現わ
  します。
 3 演奏時間は、およそ15分です。

演奏技法
1 演奏技法の上では、トレモロやピッキングだけでなく、ピチカート奏法、

 ヴィヴラート、各パートのソリストによる室内楽、中低音域の活躍、対旋律

 等で、マンドリンオーケストラの表現の可能性を求めました。


2 伴奏と主旋律のスタイルだけでなく、同時進行する対旋律を加え、

 和声の展開を賑やかにし、更にテンポルバート(註)に取り組める場面

 設ける等、指揮者のスコアリーディングの努力に応じて、学生オケから社会

 人オケまで、それぞれの団体が個性を発揮しながら演奏できるように、作曲

 しました。


オーケストレーション等

1 マンドリンの弱点ともいえる、フレットによる微妙なピッチのずれ等を十
 分考慮し、できる限りハモりやすいようにオーケストレーションしました。
  この点は、長年「雀通りの猫のうた」シリーズで取り組んでおりますが、
 「ミューズの森」はそのシリーズ第20集目に当たるもので、ハモるための
 手法を用いていることが、この曲の構成や形式以上に、大きな特徴です。
  =「MOM」(マンドリンオーケストレーションメソッド) 参照

2 
 なお、コントラバスを除く各パートでは、div(上下に別 れて演奏)があ
 ることから、極端に小人数の編成では、演奏困難です。中規模又はそれ以上
 の編成で。どちらかと言えば全体的に編成が大きくなればなるほど、表現が
 より豊かになるように書きました。

3 一方、第2展開部では、各ソリストによる室内楽の演奏スタイルを組み入
  れる(ソリスト不在にも対応)ことで、更に音楽の幅と奥行きを出せるよう
  にしました。


(註)テンポルバート

   はっきりとしたリタルダンドやアッチェレランドでなく、演奏表現の必要から、
  眠っているお客様はもちろん、ときには演奏中の奏者も気づかない程度に、
  ほんの少しテンポを揺らすこと。

   トレモロ楽器にとっては、比較的高度なアンサンブル技法です。

   指揮に反して「みんなで走れば(ネバれば)恐くない」式の、いわゆる走ったり
  ネバったりすることではありません。

   ピアノやヴァイオリン、声楽、室内楽、交響楽団等の分野では、音楽表現の必要
  性から、ごく自然に行われている演奏技法のひとつです。


−2「ミューズの森」のソナタ形式の解説  
   スコアリーディングのための簡単な解説です。(楽譜入手方法)


ソナタ形式
 呈示部

  前奏

   1小節目から
     調性のない全音音階。14小節目で一瞬ヘ長調が響くが、
    すぐさま全音音階が支配し、2種類の全音音階のうち、どち
    らで第1主題を送り出すか準備を行う。
  第1主題

   21小節目から
     人工的な全音音階による「線」の旋律。低音域では簡潔な、
    これもまた全音音階の動き。 やがて調性のある音楽へ。
  経過部

   52小節目から他
     純古典的なこれら経過部の小さな断片も、全体の構成の上で、
    有機的なつながりを持ち、後に多様に発展する。
  第2主題

   67小節目から

     第1主題とあらゆる面で対象的な、調性を持ち転調しながらの
    ピチカートによる「点」の旋律。対旋律の低音だけ読むと変ロ長
    調に聞こえるものの、高音域の第2主題は目まぐるしく転調し、
    更にそれがせわしく追いかけっこする。
 展開部
  フーガ

   93小節目から

     主として、第2主題を題材に発展する。
    「点」と「転調」の第2主題の性質も、受け継がれる。
  変拍子
   136小節目から
     フーガから導かれて、第2主題を題材にした変拍子が踊り出る。
    経過部の断片が発展(=例えば、54小節目からの断片が、
    151小節目からの形に発展)したり、一瞬ワルツが顔を出したり、
    第1主題の性質であった全音音階も加わったり等して、変拍子の世界で、
    更に多様な音楽の姿を現わす。

  エスプレシヴォ

   182小節目から

     経過部52小節目の断片が発展。中音域や低音域の対旋律も、
    呈示部の中の題材から発展している。例えば、212小節目のマンドラ
    の旋律は、その後、他のパートにも受け継がれ発展するが、これは既に
    8小節目(マンドラ)で顔を出していた断片を、題材としている。

 再現部
  第1主題

   246小節目から
     展開部で主に第2主題を中心に発展したことと、全体の構成上の必要
    性から、再現部では第1主題のみが登場するが、呈示部の第1主題と
    まったく同じではなく、展開部で第2主題から発展した変拍子の名残り
    が、この再現部での第1主題が、一部変拍子に変形することで示される。

  第2展開部

   カンタービレ

    280小節目から

      構成上の都合から、再現部のあとにこの第2展開部を置く。
     第2主題の要素のひとつであったピチカートによる、自然界に
     もともとある完全5度の伴奏に誘われての、各パートソロによる
     室内楽風の演奏スタイル。各ソロの旋律が、実は第1主題から生
     まれたものであることを、314小節目のソロが示す。
      なお、ソリスト不在の場合は、この第2展開部は演奏をカット
     できるように。作曲構成されている。

 終結部

   終曲

   333小節目から

     これまでの題材を使い、態勢を整えテンポを上げて、

    呈示部では全音音階だった第1主題が、明確な調性を持って現れる。

     調性を持ったことにより、第1主題の中に、実は、展開部で発展
    した題材のひとつであった、経過部52小節目の断片が組み込まれ
    ていることが明らかとなる。
     今や、調性を持った第1主題が、第2主題の転調の性質を受け継
    いで大きなうねりとなり、次から次へと押し寄せ、展開部で活躍した
    変拍子の小さな断片が合図となり、その合図が各パートに、こだまの
    ように順次伝えられたあと、大きく、そしてやがては静かに曲を結ぶ。

       
2種類の全音音階
 「A、H、C#、D#、F、G」 と 「B♭、C、D、E、F#、G#」

第2主題を題材
 
第2主題の始まりの最初の3つの音の階名は「ソミド」、
フーガの始まりの3つの音の階名も「ソミド」、
変拍子の始まりの3つの音も、リズムや高さ(オクターブ)は異なりますが、
階名だけを読むとこれも「ソミド」となっています。


経過部の52小節目(もどる)
 
経過部の52から53小節目の短い上向旋律は、例えば次の場所へ
発展して行きます。
 182小節から、208小節目から(低音の追いかけも)、
 212小節目から(低音の追いかけも同じく)、実は279小節目も、 ほか。

これまでの題材
 例えば、344小節目からの、低音域と高音域の第1主題の形の
かけあいの合間をぬ って、2ndマンドリンが第2主題の断片を歌い、
354小節目からは、8分の3拍子になったせっかちな全音音階の
第1主題に続き、362小節目からは4分の2拍子の小節をまたいで、
間延びしてしまった第1主題が、全音音階最後の姿となって現れたあとは、
いよいよ調性のあるイ長調の第1主題へと大きく生まれ変わります。
 調性を持ったこの第1主題の、1小節目の後半の3個の四分音符は、
実は、経過部52小節目の断片から生まれていたのでした。
調性のない全音音階の第1主題も、遠く調性のある世界から導き出され
ていたのです。今では調性を持った第1主題が、全編を通した最後の謎解きです。


明確な調性
 
「ミューズの森」を音階という視点から捉えると、調性のない(人工的な、
 無機質な)全音音階と、調性のある(自然な、有機的な)音階とのせめぎあい
 と調和の音楽で、おしまいは、明確な調性を持った自然な音階による音楽で
 終わります。 調性のある音楽を強 調するための手法のひとつとして、
 転調そのものの美しさを求め、その場を多く設けました。




          
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